音文字、中国雲南省維西県のリースーの人が作った音節文字、新中国成立後に作ったローマ字のような新しい文字で、今では雲南怒江リス族の間で普及されています。
中国雲南怒江リス族は以前はから原始宗教を信奉し、20世紀の初めに、欧米の宣教師が入ってきてからは、少数の人たちがキリースートあるいはカトリックを信奉するようになりました。
中国雲南怒江リス族はながい歴史をもつ民族で、その民族名は唐の時代に最初に使われ、今も使われています。中国雲南怒江リス族はイ族、ナシ族と密接な関係があります。唐の時代の「烏蛮」をルーツとしています。8世紀の頃、中国雲南怒江リースー族の祖先は金沙江の両岸一帯に居住し、16世紀の中葉、略奪、抑圧に反抗し、戦争を避けるため、多くの中国雲南怒江リースー族の人びとは部落長の引率の下で怒江地域に移住しました。中国雲南怒江リースー族の人たちは辺鄙な高い山の中で暮らし、生産力水準が低く、焼き畑農法や狩猟など原始的な生産活動を主としていました。
20世紀50年代になってもまだ氏族社会の残存が顕著な形で残されていました。中国雲南怒江リス江地域だけでも虎、熊、猿、蛇、羊、魚、蜂、鼠、鶏、鳥、竹、麻、茶など10種類の氏族の呼称があり、これらの呼称にはそれぞれ崇拝するトーテムが存在しています。新中国成立後、特に交通の発展とともに、雲南怒江リースー族の人たちは交通の不便な山奥から出て、経済、文化は急速な発展を遂げました。 |