果お互いに交流することができないほどです。中国雲南怒江ヌー族は自民族の文字がなく、ほとんどの場合は漢語が使われています。
中国雲南怒江ヌー族の人はかつては万物に霊魂があるとする原始宗教を信仰していたが、一部の人たちはラマ教あるいはカトリック、キリスト教を信仰しています。
ヌー族は中国雲南省怒江、瀾滄江の両岸一帯で生活している長い歴史をもつ民族の一つです。中国雲南怒江ヌー族は2種類に分かれます。一部は中国雲南省怒江福貢、貢山の一番早かった土着民で、自分たちで「阿怒」、「阿竜」と称しておりますが、もう一部は中国雲南省麗江、剣川の東から移住して来た碧江、瀘水に居住したもので、自分たちのことを「怒蘇」と称し、中国雲南省涼山のイ族と深いつながりがあります。長年の付き合うとともに、二つの民族は互いに融合しあい、次第に怒江地区における一つの民族が形成されました。その昔、滔滔と流れる怒江は中国雲南ヌー族らが外部とのつながりを遮断し、川を渡る際には危険を冒してロープと丸木舟に頼り以外なかったため、経済の発展が遅れ、アンバランスの状態にありました。20世紀半ばになっても、一部地区の中国雲南ヌー族の人たちはが依然として原始共同体の残存を保ちつづけていました。ここ数十年来、数本の大鉄橋が滔滔と流れる怒江に架設され、現代化した道路が山と川に閉じ込められていた中国雲南省怒江地区の扉を開き、中国雲南ヌー族の人たちはしあわせで安定した生活を送るようになりました。 |