プミ族はかつてはチベット語の文字を使用したこともあるが、あまり普及しなかったので、現在は漢語の文字が通用しています。
中国雲南プミ族のほとんどは万物に霊魂があるとする原始宗教を信仰し、その他はラマ教と道教を信仰しています。
中国雲南プミ族はその居住地区によってそれぞれの呼称があり、中国雲南省の蘭坪、麗江、永勝に住んでいる人たちは自分たちのことを「普英米」と称し、中国雲南省寧瀾町の人たちは「普日米」あるいは「培米」と称し、これは「白人」という意味です。漢語の史籍では西番あるいは巴苴と称されています。新中国成立後の1960年に、中国雲南プミ族の要望に基づき、統一的にプミ族と名づけられました。中国雲南プミ族はもともと青海・チベット高原に住み、青海、甘粛および四川周辺の遊牧部落でしたが、西暦7世紀前に現在の四川南西部地区に移駐し、西昌地区の主な民族の1つとなり、漢族・チベット族などの民族と緊密に行き来しています。元朝の頃に、プミ族の1部の人たちは蒙古の軍隊と共に中国雲南省の・西地区に入り、そこで発展し、成長をとげてきました。中国雲南プミ族は主に農業に従事し、90%以上の土地が山間地帯にあるうえに、生産様式が立ち後れていたため、生産は発達していませんでした。新中国成立後、特に1988年に、中国雲南省蘭坪ペー族・プミ族自治県が設立した後、各方面で大きな発展を遂げています。 |